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東京高等裁判所 昭和45年(ラ)573号 決定

抗告人 長野県作業足袋工業協同組合

主文

原決定を取消す。

長野地方裁判所が同庁昭和三〇年(ケ)第二一号抵当競売事件についてした競売手続開始決定を取消す。

三銀商事株式会社のした不動産競売申立(長野地方裁判所松本支部昭和四二年(ケ)第三四号)を却下する。

百瀬金融株式会社のした競売申立(同庁昭和四三年(ケ)第一〇号)を却下する。

手続費用は第一、二審を通じて抗告人の負担とする。

理由

(抗告の趣旨)

原決定を取消す。本件競売手続の続行を許さないとの裁判を求める。

(抗告の理由)

別紙「抗告の理由」および「抗告の理由」(訂正追加一)「抗告の理由」(追加二)のとおりである。

一  「抗告の理由」(訂正、追加)第一点について

抗告人は、原決定正本の送達が違法であると主張するので検討する。

本件記録によると、長野地方裁判所松本支部執行官(代行者)は、昭和四五年五月二六日原決定正本送達のため抗告人代表者降旗栄一方に趣き、同人に対し右送達にきた旨告げこれを交付しようとしたところ、同人はそのようなこともないのに病気と称して門を開けず交付できなかつたためこれを持帰り、翌二七日再度同人方に趣き、右正本の受領を催告したが再び門が開けられず交付できなかつたため、翌二八日午後五時半頃右正本を同人宅通用門の内側に金鋲で留めて差置送達したことが認められる。右事実によれば抗告人は正当の事由なく右正本の送達を拒んでいたもので右差置送達は有効である。なお、本件記録によると、右降旗は、その後右送達の効力を妨げる目的で、右正本を遺失物として松本警官署長宛に届出たので、原審書記官は念のために再度原決定正本を作成し同年六月一日執行官にこれを右降旗に送達させたことは認められるが、このため右差置送達の効力が左右されるものでないことはいうまでもない。

よつて抗告人の右主張は採用できない。

二  抗告人は、抵当債権消滅を主張する(「抗告の理由」一、二、三、「抗告の理由」(訂正、追加一)第二点(一)、「抗告の理由」(追加二)第一ないし三)ので検討する。

本件競売事件(長野地方裁判所松本支部昭和三〇年(ケ)第二一号)の記録によると、本件競売の目的物件については、昭和三〇年四月一九日商工組合中央金庫の抗告人に対する抵当債権九〇〇万余円と遅延損害金のため競売手続開始決定がされ、同四二年七月一三日三銀商事株式会社より同社の抗告人に対する四〇〇万円と遅延損害金の抵当債権に基づく競売申立がされ(同庁昭和四二年(ケ)第三四号)記録添付されたこと、昭和四三年五月一日百瀬金融株式会社より同社の抗告人に対する三二〇万円の抵当債権に基づき競売が申立てられ記録添付されたこと、右事件において昭和四五年五月二〇日競落許可決定がされ、抗告人はこれに対し東京高等裁判所に即時抗告を申立て(同庁昭和四五年(ラ)第五七四号)たが同年一一月七日棄却されたこと、抗告人は右決定に対し特別抗告(同庁昭和四五年(ラク)第三八五号)、再審(同庁同年(ム)第三三号)を申立たこと、右棄却決定後抗告人は商工組合中央金庫と話合い同金庫の債権の一部を弁済して、右抵当権を解除してもらい(昭和四〇年一月一八日付競売一部取下書、同四一年二月二二日付競売一部取下書、昭和三九年三月四日付書面、昭和四五年一一月三〇日付領収書、同日付抵当権解除証)、右抵当権設定登記の抹消手続をしたこと(同抵当権解除証)、次いで同人は、同年一二月六日百瀬金融株式会社の債務を弁済し、同社の前記抵当権設定契約を合意解除しその登記の抹消手続をしたこと(昭和三五年一二月六日付根抵当権消滅証)、更に昭和四六年四月二〇日頃三銀商事株式会社に前記債権を弁済したこと(昭和四五年一二月八日付債権一部譲渡消滅証書昭和四六年四月二〇日付取下書)、抗告人は、昭和四六年六月一日前記特別抗告、再審を取下げたことが認められる。

思うに、任意競売手続において、右のごとく基本債権もしくは抵当権が消滅したときには、それは競売法三二条民訴法六七二条一号にいう「執行ヲ許ス可カラサルコト又ハ執行ヲ続行ス可カラサルコト」に当ることは明らかである。

そして右事由に基づく執行方法の異議は、任意競売手続において競落人が競買物件の所有権を取得する時期が競買代金の完納時であることにかんがみると、少くとも前述のごとく右事由が競落許可決定に対する抗告が棄却された後に生じた場合については、競買代金の完納の前までは許されると解しなければならない。

すると、抗告人の右主張は理由があり、本件競売手続は許されないこととなるところ、かかる場合手続の明確を期するため、単に執行手続の続行を停止させるのみでなく競売手続開始決定を取消すべきであり、更に記録添付した各競売申立を却下すべきである。

よつて原決定を取消し、手続費用は、民訴法八九条九一条により抗告人の負担せしめ主文のとおり決定する。

(裁判官 荒木大任 大和勇美 田尾桃二)

別紙

抗告の理由

一 本件競売の基本抵当権は債権者商工組合中央金庫が昭和三九年三月四日附で監理及び(大蔵省特別金融課長)の命により、作成した書面による単独行為を以つて金二五〇万円也返済の際は抹消(解除)することになつていた為、右競売上債務者たる抗告人は昭和四五年一一月三〇日右二五〇万円の残金一三四万円を弁済した(第一、二号証参照)故に同日附で右の抵当権についての解除証を交付され当該抵当権は消滅し其の抵当登記は昭和四五年一二月一二日受付第二八〇二四号抹消登記を経由して抹消完了したのである(第三号証参照)。

二 本件競売の目的物件に対する第二競売申立に基く記録添附については、其の基本の抵当債務を抗告人において昭和四五年一二月八日に弁済供託を完了した為め右競売申立の基本抵当権は消滅したので抗告人は右記録添附を取消し右競売申立を却下する旨の裁判を求める趣旨の異議を競売裁判所に昭和四五年一二月一三日申立てた(第四号証参照)故に右記録添附は取消され右第二競売申立は却下されるべきものである。

三 本件競売の目的物件に対する第三競売申立に基く記録添附については其の基本たる根抵当権につき権利者百瀬金融株式会社は昭和四五年一二月六日根抵当権消滅証を作成し右抵当登記を根抵当権消滅原因で昭和四五年一二月一二日受付第二八〇二五号を以つて抹消登記完了し(第五号証参照)たる上、同年同月一六日右競売申立の取下書を提出したこと競売裁判所の記録に顕著である。

四 以上により本件抗告申立に係る競売手続の続行は許されないこと明白であるから抗告の趣旨掲記の「原決定を取消し本件競売手続の続行を許さない旨の裁判を求める」理由は十分であると信ずる。

抗告の理由(訂正追加一)

第一点

(一) 申立の趣旨(訂正分)掲記の競売裁判所昭和四五年(ヲ)第四二号執行方法に関する異議申立に対する棄却決定の正本送達は表見上又は形式的に昭和四五年六月一日池上執行官により差置送達されたるも、この送達行為に係る決定正本は法令に基かず濫りに重複作成された公文書としての価置を認められない公文書を仮装した形骸のみの正当性のないものである。

すなわち右に関し、一方において、最初に作成された正式な決定正本の送達を実施した執行官臨時職務代行者須沢某は其の職務上の過失により右正式な決定正本を松本警察署に遺失物として保管されて了つたまま放置し其の還付を受けることを怠り、他方において、当該決定正本につき送達行為の職責を有する裁判所は右の如き送達実施機関の過怠行為について其の是正措置もさせずに裁判所書記官をして正当な理由根拠に基かず濫りに二重の正本作成事務をとらせ其れを右の通り池上執行官に差置送達させたのである斯る事実は記録上裁判所に顕著である。

(二) 右は公文書の取扱い全般に亘つて格段の注意を必要とされる国家機関が自ら信用失堕の危険を顧慮せずして故意に法律上事実上の正当理由なく不当な公文書を濫発する意図の下で既に発布した正式な公文書を廃紙と同視して遺失物保管所轄庁から還付を得られる状態にあつたのに其の還付を受けなかつたのであるから司法機関にあり得ない公文書の遺棄又は毀棄(最高裁昭和四三年(あ)四三九号同四四年五月一日に小法廷決定参照、速報23刑一八一九頁)の不法行為を毫も意に介さないものであつて当該裁判所の決定正本送達行為としては法令の無視又は制度の濫用に基く異常なものと見受けられるのみならず法秩序によつて課せられた担当裁判官の職務上の注意義務に違反するものと思料する。

(三) しかも抗告人は右につき昭和四五年六月八日送達行為並に差置送達等異議申立書を提出したにも拘わらず爾来現今に至るまで八ケ月有余の期間を経過するも其の裁判をされないのである故に当該裁判所においては本件決定正本の作成送達に対する重大且つ明白なる瑕疵を自認しているものと考えられるから之れに下掲陳述の事情を合せ斟酌されて当該決定を取消されなければ条理に反するものと信ずる。

第二点

(一) 抗告人は昭和四五年一二月二四日に抗告理由並に証拠の申出書を提出し其の一において本件申立書中、抗告の趣旨(訂正分)掲記の昭和三〇年(ケ)第二一号競売事件(以下(ケ)第二一号競売事件と称す)についての(第一の競売申立)基本抵当権は其の債権者が抗告人に対して昭和四五年一一月三〇日抵当権解除証を交付した(既提出の第三号証その他第一、二号証参照)ため消滅したこと、

其の二、において(ケ)第二一号競売手続に記録添附(昭和四二年(ケ)第三四号受付)された第二の競売申立基本抵当権は抗告人が債権者に対し昭和四五年一二月八日その抵当債務を弁済供託した(既提出の第四号証)ため消滅したこと、(別紙添附の判例1参照)

其の三、において(ケ)第二一号競売手続に記録添附(昭和四三年(ケ)第一〇号受付)された第三の競売申立基本根抵当権は其の債権者が抗告人に対し昭和四五年一二月六日根抵当権消滅証を交付した(既提出の第五号証)ため消滅したこと、

等を陳述し因つて本件競売手続の続行は許されないものであることを主張したのである。

(二) なお右の昭和四二年(ケ)第三四号記録添附手続に係る第二の競売を申立てた債権者は競売目的物件に対する民法第三七八条の第三取得者(抵当不動産につき所有権を取得した第三者)にあたる降幡敬に対し同法第三八一条に規定された抵当権を実行する旨を通知した事実のないこと記録上顕著である即ち右記録添附手続は昭和四二年七月一三日であり右降幡敬の所有権取得登記完了は昭和四一年五月二七日である(第六号証の一乃至五登記簿抄本)故に右第二の競売申立抵当権者は抵当権実行につき其の旨を右第三取得者降幡敬に通知することが要件であるのに其の通知をしなかつたので抵当権を実行することができず従つて競売を申立てる権利をもたない。この様な抵当権者の行なつた競売申立は不適法であり却下されなければならない斯る申立を適法視し受理した記録添附手続は違法であり本件競売手続が完了前(即競落による所有権移転登記の完了前)であるから抗告人は前記主張(債務の弁済供託による抵当権の消滅)の認容されない場合の予備として爰に異議を申立てる次第である、(我妻、担保物権法コンメンタールIII 409頁以下)

よつて右記録添附の取扱を受けた第二の競売申立は(ケ)第二一号の競売手続が終了しても開始決定を受けた効力を生じないから(ケ)第二一号競売手続は其の取消をされても之れを第二の競売の申立に転用して続行することは許されないのである。

第三点

(一) 本件競売手続進行により競売期日が昭和四五年五月一四日午前一〇時と指定された段階において、債権者商工組合中央金庫は右競売期日の変更を求めて上申書を昭和四五年五月一二日と一三日の二回に亘つて提出し特に二回目の五月一三日提出、昭和四五年(日記)第一四九二号受付の上申書には其の事由として、「当事者間で示談進行中で、その内容は当該物件を任意に売却してその代金により債務の弁済に充当しようとするものである」

との文言の記載により弁済猶予が承諾されていること記録上顕著であり其の後の昭和四五年一一月三〇日には右金庫から抗告人に対し本件競売基本の抵当権解除証の交付があつた(第三号証)ことも前述の通りである。

(二) 抗告人においても右上申書の提出された昭和四五年五月一二日執行方法に関する異議申立書を提出し、昭和四五年(ヲ)第四二号で受理され其の申立の趣旨において本件競売手続を取消し右競売期日の競売実施を許さない旨の裁判を求めたのである。

(三) 以上の経過に鑑みれば右上申書は少くとも競売期日前債権者が民事訴訟法第五五〇条第四号の義務履行の猶予を承諾した旨の書面が執行裁判所に提出された場合に準ずるものと考えて差支なく、このことは担保権実行の要件たる遅滞の効果を消滅させ、競売手続は法律上その存在を許されなくなる(別紙添附の判例2参照)ところで其の当時における第二、第三の競売申立も第三取得者降幡敬に対する通知の要件(民法第三八一条)を缺いているので当初から不適法であること記録上顕著なるは前述の通りである故に右第二、三の各申立により手続された各記録添附は何れも開始決定の効力を生じないため之れに本件競売手続が停止又は取消された場合でも其の手続の転用は許されないこと自明であると信ずる。

(四) 従つて執行裁判所は前掲各点を合せ審査したならば本件競売手続を取消又は停止し競売期日を取消すべきであつたこと明かであるから前記の昭和四五年(ヲ)第四二号執行方法異議を棄却した決定は違法である故に其の取消を免れないものと信ずる。

(五) よつて右方法異議棄却決定に対する本件抗告申立の裁判で右弁済猶予の承諾が認容されると共に第一、二、三の各競売申立の基本抵当権消滅の事実(又は第二の競売申立の不適法に基く記録添附手続の違法性)も併せ認容されて本件競売手続の続行はこれを許さないものとされるのが相当であると信ずる。(判例タイムズ16巻15号、通一八二号一五四頁参照)

第四点

(一) 本件競売手続の進行中その債権者商工組合中央金庫は抗告人代表理事あて(宛名を降幡栄一と記入)の昭和三九年三月四日附書面(既提出の第一号証)で本件競売目的の「担保物件の上に設定した抵当権については同物件売却代金により金二五〇万円也御返済の際は抹消することを諒承致します」との承諾をし抗告人はこれに対し競売手続の競売期日までの間、三回に亘つて合計金一一六万円を弁済し残額金一三四万円は右競売期日後の昭和四五年一一月三〇日完済したのである(第七号証入金明細表及び既提出の第二号証)。

(二) 右の経過に徴して競売手続の当事者間において既に昭和三九年三月四日抵当権放棄の合意が成立しており抵当権はこれにより消滅したこと明かである。仮りに然らずとするも前掲の昭和四五年一一月三〇日競売の基本抵当債権が消滅し、これは競売手続の完了前であるから競落許可決定が確定しても競落人は代金の支払により目的不動産の所有権を取得できないと解するのを相当とするとの判例(別紙添附の判例3)の趣旨に鑑み本件競売手続の続行は許されないものと信ずる。

第五点

(一) 本件競売手続に昭和四二年(ケ)第三四号で記録添附されている第二の競売申立の基本抵当債権についての登記簿上記載の債権元本金四〇〇万円については其の当時の債権者会社の代表取締役花田正一は昭和四五年一一月三〇日右四〇〇万円に関し記載のある「相互契約取交書」と題する書類編綴の末葉紙面上に「前書の契約上の債権債務関係は金五拾万円領収により解消し全部終了した」と明記し右四〇〇万円の貸借関係は真実に反するものであることを自から確認したのである。(第八号証の一、二)

(二) 従つて右抵当債権額は其の譲渡人角田正の証明する通り元本金二〇〇万円が真実である(第八号証の三)故に抗告人の弁済供託は正当適法であるから本件競売手続の続行は許されないものである。(既提出の第四号証)

抗告の理由(追加二)

第一本件抗告事件の原審、長野地方裁判所松本支部、昭和三〇年(ケ)第二一号競売事件につき同庁昭和四二年(ケ)第三四号記録添附に係る第二の競売申立債権者、三銀商事株式会社は右(ケ)第三四号競売申立の基本抵当権の債務者(抗告人)が昭和四五年一二月八日弁済供託したのに対し其の受諾をし乍ら右の供託金還付手続の実施を怠つていたのである。

第二ところが右競売申立債権者は昭和四六年四月二〇日右供託金の還付手続を行い同時に抗告人(抵当債務者)に対し右競売申立基本抵当債権の消滅証を交付し抗告人(抵当債務者)は其の消滅証により右抵当権の登記抹消申請をし所轄庁から昭和四六年四月二〇日右抵当登記抹消の登記済証を交付受領したのである。(第九号証、債権一部譲渡消滅証書並に登記済証参照)

第三更らに右競売申立債権者は前記の昭和四二年(ケ)第三四号競売申立の取下書を原審及び抗告審の両裁判所宛併記して同文二通を作成し其のうち一通は原審裁判所に対し債権者自身提出し他の一通は抗告裁判所へ提出することを降幡栄一に依頼し右降幡はこれを昭和四六年四月二一日郵送完了したのである、(第一〇号証、降幡栄一の証明書)よつて前掲の昭和三〇年(ケ)第二一号競売手続は続行を許されないこと裁判所へ顕著であるから本件抗告は認容されるべきものと信ずる。

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